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長崎地方裁判所 昭和35年(む)219号 判決 1960年8月23日

被告人 姜順子 外一名

決  定

(被告人氏名略)

右の者に対する出入国管理令違反被告事件につき、長崎地方裁判所裁判官芦沢正則が昭和三五年八月一六日にした保釈許可決定に対し、検察官から準抗告の申立があつたので、当裁判所は、つぎのとおり決定する。

主文

本件準抗告はこれを棄却する。

理由

一、本件準抗告の趣旨および理由は、末尾添付の長崎地方検察庁検察官富田正夫作成の準抗告申立書写記載のとおりである。

二、そこで、当裁判所の判断を与える。

(一)  一件記録によれば、被告人は昭和三五年八月四日「被告人は韓国に国籍を有する外国人であるが、有効なる旅券又は乗員手帳を所持しないで昭和三五年七月二二日韓国馬山港において鮮魚運搬船海徳丸(約二〇屯)に乗船し同日午後一〇時頃同港を出港し同月二四日午前五時二五分頃長崎市福田町目立鼻附近に上陸しようとして不法に本邦に入国したものである。」との公訴事実により起訴され、右事実につき勾留されていたところ、昭和三五年八月一三日弁護人神代宗衛から保釈請求があり、同月一六日長崎地方裁判所裁判官芦沢正則が「保証金額を金七万円とする。保釈人の住居を横浜市鶴見区生多町一、二四八番地金允洙方に制限する。被告人が二〇日以上の旅行または転居の際はあらかじめ裁判所の許可を受けなければならない。」との条件で保釈許可決定をしたことは明らかである。

(二)  職権をもつて取寄せた捜査資料によれば、被告人が前記公訴事実のごとき出入国管理令違反の罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があることが認められる。そこで、本件事案が権利保釈に該当するか否か、換言すれば刑事訴訟法八九条一号ないし六号所定の権利保釈の除外事由が存在するか否かを検討する。

(1)  まず、本件勾留の基礎たる被告人の出入国管理令違反の罪が同条一号にあたらないことは明瞭であり、一件資料によると、被告人に前科のないことは明らかであつて、もちろん同条第二号ならびに三号に該当するいわれはない。女性である被告人につき同条五号に該当する事由も認められない。

(2)  さらに一件資料を精査するに、被告人は前記公訴事実につき現行犯として逮捕されたのであるが、捜査官に対し終始右事実を自供しているのみならず、勾留質問の裁判官に対してもこれを自白しており、その他司法警察員作成の実況見分調書、供述調書等を総合すると、被告人の前記公訴事実につき被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由はないものといわねばならない。もつとも、検察官は、本件犯罪は集団犯罪でその主犯は逃亡中であると主張するけれども、当裁判所は本件犯罪の性質、態容等も慎重に考慮したのであるが、当該被告人につき前記公訴事実の罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由は認めがたい。それゆえ本件は同条第四号にもあたらない。

(3)  また同条第六号にいう「被告人の住居が判らないとき」とは、住居不明の場合のみならず、本来住居不定の場合もこれにあたると解すべきであるが、一件資料によると、被告人の韓国における住居は判名(注、原文のまま)しており、被告人の夫金允洙の本邦内における住所は明らかであり、被告人が夫を頼つて本邦に入国しようとして、その途次逮捕されたと認められる本件においては、被告人は本来住居不定の者と認むべきではないから、本件は同条六号にいう「被告人の氏名又は住居が判らないとき」にはあたらないものと解するを相当とする。

(三)  以上説明したとおり、本件事案は同法八九条一号ないし六号の場合に該当しないのであるから、権利保釈をすべき場合であるといわねばならない。そうだとすると、前記芦沢裁判官が、被告人に対し、事案を審査し身柄引受の点を検討して、前記保釈条件のもと保釈を許可した前記決定は、適法かつ相当であり、本件準抗告はその理由がないものというべきである。

三、よつて、本件準抗告はこれを棄却すべく、刑事訴訟法四三二条四二六条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 高次三吉 大沢博 粕谷俊治)

(別紙準抗告申立理由書 略)

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